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夏とはいえ青森の夜は涼しい。昨晩は疲労のあまりとっとと23時に就寝してしまった。快適に眠れた筈なんだが、ところどころ蚊にさされててかゆいぞ。どっかの窓開いてたな。
ひろさきYHの朝飯はバイキング形式。質・量ともに充実しており600円の価格設定も納得である。自家製野菜をふんだんにつかった料理がてんこもりである。ありがたくいただくと出発(7:30)。朝なのでそこそこバスは出ているようなのだが、時間はあるようなので例によって駅まで歩く。今日も天気は良さそうで朝から照りつける直射日光に体力を削られる。知らない道に迷いつつも弘前駅に無事到着。早く出て良かった。 弘前からJRで再び青森へ向かう(8:14)。昨日は登山の日だったが、本日のコンセプトは観光の日。青森からは高速船で佐井港へ、そしてバスを乗り継いで下北半島の突端尻屋崎を目指すのだ。 |
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青森駅到着(9:01)。東口を出て左側に歩くとメモリアルシップ八甲田丸が係留されている。その先に目指す下北汽船の埠頭がある。シーズン中だけあって待合室は混んでいる。乗り込んだ高速船「ほくと号」は7割程度の乗車率。料金3,460円。この船は青森から脇野沢港から牛滝港、福浦港を経て佐井港へ向かう。なかなか船に乗る機会なんてないのでわくわく感は高まる。
青森港を出発(9:40)すると天気が急に悪くなってくる。対岸の下北半島はガスって展望があまりきかない。高速船というだけあって確かに早い。が、その分うるさい。座っているとよくわからないのだが、意外に揺れている。 |
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とうとう時折小雨がぱらつきはじめる。が、湾内はおだやかで快調にとばす。左手に不思議な形の島、鯛島が見えてくると最初の寄港地脇野沢港に到着(10:35)だ。
ここで半分以上の客が降りてしまう。地元客半分、観光客半分程度か。ここから先には奇岩で知られる景勝地、天然記念物仏ヶ浦がある。延々3キロも続く断崖絶壁が圧倒的。水上勉の『飢餓海峡』でも出てきた場所。さすがに上陸している時間はないが、船はこの区間だけゆっくり航行してくれている。 徐々に最果ての地ならではの寂寥感が盛り上がってきたぞ。だいぶ気持ちがヘコんで来た。途中で立ち寄る牛滝や福浦の港がこれまた寂しげで寂寥感はつのる一方なのであった。 |
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ようやく佐井港に到着(12:00)。少し日が出てきていて暑い。佐井は江戸時代には北前船の交易地としておおいに賑わった土地。往古の賑わいは無いが雰囲気のいい港町である。
埠頭からすぐの場所にある立派な建物が津軽海峡文化会館(アルサス)。回りには海水浴客相手の店が数軒ある。バスの発車まで1時間弱あるので昼食をとろうと思ったがアルサス内部の食堂はすごい混雑ぶり。偶然見つけた喫茶店(ポピー亭)でカレーを食す。この店も相当な混雑ぶりであったが、わたしの荷物を見るや店のおばちゃんが「お客さんバス?」と聞いてくる、当たり前だが観光客と見破られている。ちゃんと時間に間に合うように作ってくれた。手慣れている。こういう何気ないプロっぽさは格好いいと思う。 わたし以外には3名が停留所では待っていた。定刻より数分遅れてバス到着(12:42)。がらがらである。このバスは大間崎から大畑駅を経てむつバスターミナル(田名部)に至る長大な路線である。乗車時間は2時間に迫る勢い。鉄道が無いこの近辺ではバスは重要な地元の足である。観光客3割、地元客7割程度か。左手にむつ湾を臨みながらとろとろ駆け抜けていく。すっかり晴れてきた。 本州最北端の地大間崎では下車して灯台見物をしておきたかったのだが、時間の都合でかなわなかった。バスから眺めて我慢する。天気がいいこともあるのだろうが、明るい雰囲気の爽やかな場所だった。立派な本州最北端の碑が建てられている。そうそう全然知らなかったのだが、ここはNHKの朝の連続ドラマ『わたしの青空』の舞台なんだそうで、記念碑の回りは観光客でぎっしり。街中もポスターだらけでした。 |
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気付かないうちにうとうとしていたらしく目覚めると終点のむつバスターミナル(14:40)。むつ市の中心地田名部(たなぶ)である。戊辰戦争に敗れた会津藩が移封され地獄を見た地でもある。しかし幕末フリークとしてひたっている時間はないのだ。今度は尻屋行きのバスに乗り換える。あれ、今度のバスは観光客ゼロだぞ。ほぼ地元の学生とおばさまたちのみ。不安が高まりながらもとにかく出発(14:45)
しかしきょうは乗り物のってるだけで全然観光していないような。バスはふたたび北を目指し、津軽海峡が見えてくると西へ進路を変える。寂しい海岸線をひた走るのだ。ここでまたしても雲行きが怪しくなってくる。ガスも出てきた。ここで霧の海岸線の中から急に近代化された設備の埠頭が現れ驚かされる。どうやら鉱山があるらしい。数年前まではここには工業用の軌道が走っていた。今ではレールもなく跡だけ。 鉱山地帯を抜けると尻屋の集落は間近である。尻屋崎方面へのゲートを通り過ぎ集落に入る。尻屋の停留所につくなり時間調整モードに入るバス。不安が高まるわたしだったが、運転手いわくちゃんと尻屋崎には行ってくれるらしい。ちなみにこの時点で客はわたし一人。この観光シーズンにこんなことでいいのか、っていうか普通は車で行くんだろうね。 |
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来た道を逆行していくと。右手にゲートが見えてくる。尻屋崎周辺に寒立目(かんだちめ)と呼ばれる野生の馬が放牧されており、その保護のために夜間は通行が出来ないようにしているらしい。天候は更に悪化の途をたどっており、いまにも雨がふりそうな灰色の世界になってしまっている。夏なのに寒々とした森を抜けるとようやく灰白色(に見える)の灯台が見えてくる。ここが下北半島のもう1つの突端、尻屋崎である(15:45)。
あたりにしなびた売店が1件。車やバイクで来ている観光客が数名。風が出てきたせいか少し寒い。ざっぱーんとうち寄せる北の荒波。曇った北海の空の下だが周りに居るのは馬ばかりである。 ガスで視界は数十メートルしかきかない。ここでバスの方を見ると運転手が「ええんかわれ、行っちまうぞ」的な視線を投げてよこす。このバスは15分程停車すると、いま来た道を路線を戻ってしまう。次のバスはない。もとよりこの後は宿の尻屋先ユースまで歩いて引き返すつもりだったのでそのままバスを見送る。 |
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撮影をひととおり済ませ、海岸に降りて海水にもタッチ(発想が幼い)、うっかり馬糞を踏んじゃったり(汚いって)しながらも最果て感を堪能。そろそろ先を急ぐことにする。普通に考えればいまバスで通ってきた道を戻るのがセオリーなのだが、こんなこともあろうかと国土地理院発行の5万分の1地形図を持参してきたわたし。この道をこのまままっすぐ進んで行っても尻屋の集落に着くらしい。距離も対してかわらないようだったのでこのルートを歩いて行くことに決める。
いつしか小糠雨が降りはじめる。夏とは思えない肌寒さである。風が強いので思った以上に体感温度が低いのだ。段々人影がまばらになってくる。距離は約4キロ。ゆっくり歩いても1時間弱の行程の筈である。 周囲に人影は無い。時折自動車が行き過ぎる程度。まあこんな場所を歩いているような酔狂な人間が他にいるとは思えないのでそれはいいんだが、なんとなく違和感。よく見てみるとさっきから追い抜いていった車って、みんな戻ってきてないか。変だなと思いつつもそのまま歩いてっちゃうあたりが危機意識の低い都会人なんだが、ガスは更に濃くなって視界は数メートル。べっとりと濡れた衣服が気持ち悪いのだ。 |
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ちょっぴり危機感を感じてきたがなにしろ道がこれだけ立派な舗装路なので大丈夫だろおい。ってなセルフ突っ込みをかけながら進む。ちょっと路面が悪くなってきたけどね。っておい。いつの間にか
道がダートになってるぞ! 道幅こそ変わっていないものの、いつしか未舗装路になっている。 うち寄せる波。吹き荒れる雨。迫る宵闇。そしてホワイトアウト(笑)。不安ゲージは一気高まる。そして更に進むこと数分。なんと 道がゲートで封鎖されているぞ!! ああ、これは確かに四駆だって戻ってくるよな。こんなことまで地形図には書いてないのである。ガイドブックにだって書いてねえって。ここまでですでに1時間近く経過。ここで戻るべきかどうかの判断を迫られる。もう一度地図を確認。舗装されてない道だし、ゲートで封鎖されてはいるものの、しっかりした明瞭な道が通っており、ここまでの地形自体も地図と照合している。よって何にも問題はないはずなのでこのまま先に進むことにしたのだが、知らない土地を歩いている怖さは消えない。 ここから先は海岸線を離れ、樹林の中の林道を行くことになるのだ。よもや平地を歩いていて、突然道がダートになり、さらに山中に踏み入ることになろうとは予想だにしていなかっただけに、ためらいもあるのだ。視界の無さがより恐怖を煽るんだよな。 アタカと呼ばれる冬期放牧地、寂れた廃野球場を左手に見やりながら先へ進むと分岐点。どちらもで良さそうだったが少しでもYHに近くなりそうな左の道を行く。全ては地図に書いてあるとおりなのだが不安は消えない。更に歩くこと十数分。憑かれたように早足になるわたし。おおっ、ようやく人造物らしきものが見えてきた。と思ったら 墓地だった(泣)。 いや、でもこれでいいみたい。ようやく尻屋の集落が見えてきたよ。しかし今度はYHの場所がわからない。YHにたどりついたのは19時にもなろうかという時であった。 |
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