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JR出雲市駅
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一畑バス出雲大社行き
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堀川
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| 出雲は風情もへったくれも無い無機質な高架駅で、あまりの無骨さにやや落胆。とってつけたように巨大な神社のような構造物が駅舎にジョイントされているのだがかなり無理矢理である。雪こそ降っていないものの駅前はしとしとと冬の雨に濡れそぼっていていきなり観光意欲をそいでくれる。予想はしていたけれど駅前には何もなく、なまじ予算をかけて整備されているだけに寒々とした駅前である。
実は明日の21日は朝から博多で仕事が入っている。なので本日中に博多までたどり着くことが大前提。15:40発の小郡行きの特急おき五号に乗ることが出来れば問題なく博多まで到着出来る。従って出雲の滞在時間はわずか五時間しか残っていないことになる。五時間で効率よく出雲大社、そして日御崎を回ってここに戻って来なくてはならないのだ。少々せわしない日程だがこういう計画を建てるのもは楽しい作業(時刻表好き)。無論すでに計画は完璧の筈だった(過去形)。 ところが、早くも大誤算。サンライズ出雲は当初のスタートの遅れを回復するどころか雪の影響で更に遅延。出雲市にはなんと30数分遅れでの到着。これで大幅に予定が狂ってしまった。一畑電鉄を乗り継いで出雲大社に行くつもりだったのが、10:21発の列車に乗り損ねてしまった。次の列車は11:15だがとてもじゃないが一時間も待っている余裕は無い。急遽スケジュールを再構築。やっぱりバスの時刻表プリントアウトして持ってきて置いて良かった。少し待てば出雲大社行きの一畑バスが到着しそうだ。残念ながら一畑電鉄に乗るのを諦め、バスで出雲大社へ。続いて日御崎神社。そしてそのまま出雲市駅にバスで戻ってくるプランが組み上がった。一畑電鉄には一度乗って見たかったけど残念。 屋根付きの立派なバス停には数名の観光客らしきワカモノたちと地元の方々が数名。待つこと十数分。やがて一畑バスの赤い車体が視界に入ってくる。車内はほぼ満席。ゆっくりと走り出したバスの車内から景色を見渡す。所々に雪がわずかばかり残っているが思ったほどではない。雪中を歩くような靴を履いてこなかったのでかなり安心。これならなんとかなりそうだ。 |
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大鳥居
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木の鳥居
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松並木
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バスは神殿のすぐ傍ま気分を出すためわざわざ大鳥居のところで下車。この鳥居メチャクチャでかいです。日本一の大鳥居と記された看板がその脇に添えられている。高さ二十三メートル。柱の直径は二メートル。神額の大きさは六畳敷にもなるというスケールの大きさである。大正年間の建造。その先には堀川の流れ。この川は江戸時代に干拓のために拓かれた水路なのだそうだ。流れの先には出雲の山々が控える。気温が低いせいか霧が立ちこめていて視界はあまり良くない。これまた大正時代に架けられたという宇迦橋を越え先を急ぐ。ここから大社前のちんまりとした商店街を歩いていく。とても駅とは思えない一畑電鉄の出雲大社前駅を右手にやり過ごすと。少し道が上り勾配になってくる。登り切ったところに今度は木製の鳥居と巨大な灯籠。この先は見事な松並木の参道を進んでいくことになる。数百メートルはあろうかという長い参道。さすが日本神社界でも屈指の古社だけあって境内の広さも半端じゃないようだ。道理でバスがずっと先まで行くわけだ。納得。こんなところでおろされたら観光客その場で帰りかねません。 松並木を延々と、てくてく歩く。雨はじとじとと降り続いておりだんだんつま先から沁みてきた。さすがにうんざりする位歩いたところで今度は銅の大鳥居をくぐる。さすがにこの辺まで来るとこの寒い中でも観光バスを乗り付けてやってくる観光客な人々が多数見受けられる。山陰地方では出雲大社への信仰は現在でも篤いようだ。代々宮司を努める千家は地域屈指の名家として知られ戦前は爵位まで授かっていた。 さて巨大な拝殿が見えてきた。昭和28年の火災で焼失。現在の拝殿は昭和34年に復興されたもの。両脇には十九ずつのお旅所が配されている。日本中の神々が集う神在月(もちろん世間一般は神無月)、集った神々はここに参集すると言われている。 |
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拝殿
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御本殿
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西十九社
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その奥には大社作りで知られる御本殿が聳える。その大きさもさることながら、醸し出される圧倒的な威圧感に驚かされる。出雲大社は古くは杵築大社と呼ばれる。言うまでもなく記紀神話の頃より知られる日本有数の古社である。祭神は大国主大神。日本でもっともよく知られる神々の一人だろう。大国という音から仏神の大黒天と習合。中世以降は農耕民の守護神として方々で祀られることになったという。 平安時代の御本殿は当時世界有数の高さを誇っていた東大寺大仏殿よりも更に高かったと伝えられており(約48メートル)、あまりの巨大さ故に強度が耐えられず度々倒壊を繰り返したと伝えられている。鎌倉期以降徐々に規模は縮小され、現在(18世紀中頃の建造)では約24メートル程度となっている。うやうやしく参拝。もっと興奮するかと思ったのだが、寒くてそれどころではなかった。 とにかく寒いので暖まりたい。参拝を終えると続いて神こ(衣偏に古いと書く)殿に入ってみる。鉄筋コンクリートの二階建ての建物。中は宝物殿となっていて貴重な宝物が多数展示されている。時の権力者たちがこの地を重視して手厚い保護を加えていたことが伺える。 主要建築物のチェックを一通り終えたので神楽殿へ。重厚な雰囲気が漂いながらも華やかな装飾が凝らされている。その脇では何故か唱歌「一月一日」の調べが流れている。ん?出雲はひょっとして旧正月なのか(間違い)。と、閃いたが実はそうではなく、唱歌「一月一日」の作詞は当社大八十代宮司の千家尊福氏なのだそうな。つまりこの場所では一年中この曲が流れているわけだ。日本の中でこの場所だけは永久に正月のままなのだ(違うってば)。 降り止む気配すら見えない雨の中、ここで突如激しい空腹を覚えた筆者。朝サンドイッチ食べてから何も食べてないからなあ。近くには見るからに観光地の蕎麦屋でございっ、といった風情の店が一軒。かといって他に店もないのでここで妥協。名物の割子蕎麦(五段)を注文。割子蕎麦って初めて食べるのですが、蕎麦の盛られた器の方へつゆをぶっかけるという盛り蕎麦とはまるで逆のシステムなのでびっくり。見よう見まねでチャレンジ。寒いんだからもっと暖かいものにすれば良かったけど、空腹だったのでそれなりに満足。改めてバス時刻を確認。十分少々で日御崎行きのバスが丁度出る頃合いだ。 |
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次は日御崎に行きます。
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