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裏路地
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日御崎漁港
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出雲日御崎灯台
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| さて、次なる目的地は日御崎(ひのみさき)なのである。日御崎は出雲大社から北へ数キロ。出雲大社にひけをとらぬ古い歴史を持つ神社で是非とも訪れてみたいと思っていた場所なのである。日御崎へは出雲大社の前からバスが出ている。時間を潰せるような場所はないので雨の中ひたすら待つ。なまじ時間があったので一つ先の停留所まで歩いてしまう。時刻表より五分も遅れてバスが到着。すっかり体が冷えてしまったぞ。バスは一路は海を目指す。久々の冬の日本海との再会である。荒涼たる断崖の上をバスは走り抜けていく。最初は時間があれば日御崎まで歩いてもいいかな、なんて思っていたのだがとんでもない間違いである。危うく大変なことになるところだった。曲がりくねりながら道は続いているので思ったよりも距離がありそうだ。
ようやく日御崎のバス停に到着。わずかばかりの駐車スペース。その前には土産物屋が建っている。乗ってきたバスは約20分後に折り返し運転で出雲市駅へ向かう。これに乗らないと次のバスは1時間20分後になってしまう。非常に中途半端な時間なので迷うところ。日御崎神社だけ見てくるならぎりぎりなんとかならないでもないだろうけど、折角だから日御崎灯台にも行ってみたい。しかし1時間20分も時間はいらないだろう。いささか時間をもてあますことになりかねない。ま、とりあえず行くだけいってから決めましょうといういつもながらのいい加減な判断で停留所を後にする。バス停の目の前が既に日御碕神社なのだが。とりあえず素通りして灯台に先に行ってみることにする。どこか懐かしい感じのする周辺集落をの路地を通り抜けると日御崎漁港に出る。海に面した鳥居が印象的。港ではやけにニャーニャー妙な声がすると思ったら無数のウミネコが群生。そうここは日本でも有数のウミネコの群生地なのだ。なんでも5,000羽はいるらしい。そういえば思い出した。島田荘司の吉敷シリーズでこの場所登場したことがあったような気がするぞ。 灯台へ続く上り道をひいこらいいながら登っていく。思ったよりも歩かされる。この時点で次のバスで帰ることに決定。とても二十分での往復は無理だ。途中の道は一部舗装部分が崩壊して通れなくなっている。迂回路が設けられているから問題ないけど怖いなあ。相変わらず降り続ける雨でザックがびしょぬれである。こうなると判っていればザックカバー持ってきたのに。と思っても後の祭りである。念のために書籍類はビニール袋に二重に包んできたけど正解でした。坂を登りきってしなびた感じの土産物屋が軒を連ねる路地を抜けると白亜の塔が眼前に聳えている。これが東洋一の高さを誇るという日御崎灯台。この灯台は1900年に着工され1903年に完成。高さ43.65メートル。内壁は煉瓦造り、外壁は石壁という二重構造で耐震性を高めた日本独自の設計となっている。かなり古いものの筈なのだが外壁は純白の美しさを保っている。最近塗り替えでもしたのだろうか。思わず足を止める美しさである。天気が良ければよかったのに……。 |
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経島
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流紋岩の柱状節理
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神蹟 隠ヶ丘
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灯台の基底部でおばちゃんに150円払って中に入る。この寒いのにスリッパに履き替えるのは抵抗あるなあ。灯台内部の階段を登っていく。こ、これはかなりきついかも。43メートルのビルの最上階まで階段で登ることを考えてみる。十数階分はあるではないか!上に行けば行くほど周囲の径は小さくなっていくわけで自然と階段の幅は狭く、傾斜はきつくなってくる。ここしばらく登山から遠ざかりなまりきった体にはつらい。終盤の階段はほとんど梯子に近い垂直傾斜になっていてすっかり息が上がってくる。ようやく最上部にたどり着いたときには既に半死半生の体でした。情けない。最上部には当然灯台としての設備があり、また展望用のスペースが設けられている。ここまで上がってきて外に出ない手はない。傘は下に置いてきてしまったので激しい風雨にさらされながらスリッパ履きのまま周囲を一周。うわ、靴下がびしょびしょに。ここも天気が良い時に来ればさぞかしいい眺めなんだろうけどとてもそれどころではない状態。その気になれば簡単に飛び降り自殺くらい出来ちゃいそうな鉄柵の低さがより恐怖感を煽るのだった。しばし息を整えた後ようやく戻る決意を固める。しかしこの下りもきつかった。登りより下りの方が筋肉や関節には遙かに負担大なのである。すっかり腿が張ってしまった。 灯台見学の後は周辺を徘徊。一本バスを見送ったので時間は十分に残っている。日御崎一帯は2〜3,000年万年前の流紋岩の溶岩で主に構成されている。五角形や六角形の幾何学的な断面を持つ柱状節理の岩石が辺り一面に広がっているさまは奇観と呼ぶにふさわしい。とかなんとか関心しているうちに、塗れて滑りやすくなっている地面で思いっきりこけそうになる。海側に落ちたら死んでます。向かいにはウミネコがうじゃうじゃいる経島(別名:御厳島)。危うくウミネコの餌になるところでした。 ざっぱ〜んとうち寄せる冬の日本海。あ、なんか段々気分が滅入ってきた。いくら土曜日とは言っても冬のこんな雨の日にこの辺うろうろしてる奴はそうそういません。いつしか海岸線を離れ迷走を続けるうちに妙な場所に着いてしまった。道の左手にいかにも怪しげな素木鳥居を発見。なだらかな丘に小径が続いている。傍らの案内板を読む。その名も神蹟「隠ヶ丘」。なんと素戔嗚尊が出雲の国作りを終え隠棲した土地なのだ。そもそも日御碕神社は素戔嗚尊の御霊を鎮めるため最初はこの地に築かれたのだという。 何にせよ先に進まなくてはなるまい。この先は良く整備はされているけれど舗装はされていない。ぬかるんだ泥濘の道を進んでいく。うっかりしているとずるっと滑ってしまいそうな道だがここまで気持ちが盛り上がると今更引き返せない。途中で道の傍らに小さな祠を見つける。これは神明大稲荷。目指す隠ヶ丘とやらではないようだ。 更に数十メートル程進むとやがて道は行き止まりになる。狭い広場の突き当たりにはいかにも曰くありげな木柵と小さいが立派な靖国鳥居が立ちつくしていた。遙か二千五百年!以上も昔。ここが日御崎神社だったのだ。予期せぬメモリアルスポットの発見に、なんだかしみじみと神社フリークの悦びを実感する瞬間なのであった。 |
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楼門
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日没宮
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神の宮
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感動もそこそこに。とっとと来た道を戻る。人間は一つの感情を長く維持出来ない生き物なのだ。だって寒いし。雨降ってるしさあ。さらにしばらく彷徨を続け何度か同じ道をぐるぐる回っている内にようやく元の漁港にまで戻ってくることが出来た。意外に時間は経過していない。まだ時間は30分以上残っている。 本来の目的地日御崎神社へ。朱色の楼門がこの冬の雨の中でも目に眩しく写る。日御崎神社は徳川家光造営の権現造りの社殿で知られており、出雲大社の大社造りとは対照的である。素戔嗚尊を祀った神の宮(上ノ宮)と、天照大御神を祀った日没宮(下ノ宮)の二社がこの地へ遷座されたもの。古来、神の宮があった場所は先ほど訪れた隠ヶ丘。遷座されたのは安寧天皇十三年(約二千五百年前!)。そして日沈宮があったのはなんとあのウミネコだらけの経島なのだそうだ。こちらが遷座されたのは村上天皇の天暦二年(約千年前)。以来この二社を持って日御碕大神宮(美佐伎社)と呼ばれる。弟神である素戔嗚尊の方が姉神である天照大御神を差し置いて上社っていうのがなんともお国柄を感じます。 本当であればもっと隅々まで探索しておきたいのだがこの雨でかなり体力/気力共に損耗。とりあえず神の宮、日没宮には参拝。摂社、末社は残念ながらごめんなさいさせてもらいました。ちょっと悔しい。とぼとぼとバス停への道をたどる筆者はそのまま土産物屋の休憩所に吸い寄せられていきます。なんか食べさせてくれ〜。数分後激甘の汁粉をむさぼり喰らう男の姿がその中に垣間見られたそうです。 |
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すいません。あともう一回だけ続いちゃいます。
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