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京都魔界紀行

清明神社ではグッズを買いまくりました(笑)。
京都は自転車観光が意外と適してますね。すごい便利。

2001/07/22

玄武神社-清明神社-一条戻橋-白峯神宮-上御霊神社-阿弥陀寺-幸神社

玄武神社
玄武神社
もうかなり暑くなってきた。京都の夏怖るべし。とっとと先に行こう。若宮神社のすぐ傍に玄武神社。玄武は青龍、白虎、朱雀と共に王城の四守護神の一つで、北方を鎮護するもの。文徳天皇の皇子である惟喬親王を祭神とする。9世紀末の創建と伝えられている。
清明神社
清明神社
清明提灯
清明提灯
清明神社拝殿
清明神社拝殿
堀川通に出た。さすがにこの辺りは交通量が多い。昨日怪我した手のひらが相変わらず痛い。またボロボロになってしまったので絆創膏を貼り替える。堀川通を南下して西陣織会館を右手に通過。ここまで来ると目指す清明神社はすぐそこだ。

大ブレイクを遂げてしまった平安の陰陽師、安倍清明の屋敷があった場所で、没後に清明を祀ったのがこの社。境内はそれほど広くない。境内は道路によって分断されており、一の鳥居と二の鳥居の間を道が通っている。二の鳥居を越えると拝殿が見えてくる。清明桔梗をあしらった提灯がなんだかすごいインパクトだ。社務所には清明グッズを買い求める清明ギャルの皆さんが行列を(マジ)。まずは参拝。続いてグッズ購入の最後尾に並ぶ筆者なのだった<ミーハー。


これはいいとしよう 左の緑色の像が式神ちゃん 境内にも一店舗別にあった
広くなった境内
一条戻橋も復元
陰陽師グッズ売り場が
追記

先だって清明神社を再訪したところ、想像を絶した観光地的変貌を遂げていた激しく脱力した。改装されて境内が広くなったのはいい、一条戻橋も復元されて、橋のたもとに不気味な式神ちゃんが鎮座坐してるのもいいとしよう。だが、オリジナル陰陽師グッズの店が出来ているのはいかがなものかと。[2003/11/15]


白峯神宮
白峯神宮
一条戻橋
一条戻橋
堀川通を渡るとそこには堀川の流れがある。清明神社のすぐ手前、この堀川にかかる橋が一条戻橋。10世紀初頭、文章博士三善清行の死に際して、息子である浄蔵はこの橋の上で父親の復活を神仏に願った。結果として清行は蘇生を遂げ、以来この橋は戻橋と呼称されるようになった。生と死の狭間の地とされ、安倍清明は使役する式神を常にこの橋の下に潜ませていたという伝承も残されている。

堀川今出川まで戻って今出川通へ。左手に見えるのは白峯神宮。日本史上最大の怨霊、崇徳院を祀る。保元の乱に敗れた崇徳上皇は讃岐に配流され、復権することなく苦悶の中、世を去った。しかし意外にもこの神社の創建は新しく、明治に入ってから。明治政府ですら意を尽くしたということなのだろうか。なにせ「神社」ではなく「神宮」なのだ。人気のない境内はどことなく涼しげで、そんな由来にはまるで縁遠く感じるのではあるが。

烏丸今出川に到着。右は御所、左は同志社大学。ここは左折して烏丸通を北上。京都を自分の自転車で走るのは長い間の夢だったので、とても嬉しく楽しいことではあるのだが、こう暑いと感傷にひたっている状況ではない。涼を求めて、少しでも日陰の部分を走ろうとせこい努力を重ねる。

上御霊神社が次なる目的地なのだが、その少し前に猿田彦神社発見。そうそう。これがあったんだった。猿田彦大神と天鈿女命の二柱を祀る。猿田彦は天孫降臨の際に邇邇芸命を出迎え先導役を務めたことで知られる。天鈿女命は天照大神を天の岩戸から誘い出したことで知られ、後に猿田彦の妻となっている。

猿田彦神社
猿田彦神社
応仁の乱勃発の地
応仁の乱勃発の地
上御霊神社
上御霊神社
狛犬
上御霊神社の狛犬
猿田彦神社の前の道をそのまま進んでいくと突き当たりが上御霊神社。崇道天皇(早良親王)、井上内親王、他戸親王、火雷神、文室宮田麿、橘逸勢、藤原吉子、吉備真備ら恨みを残して死んでいった八柱を祀る。平安京遷都に際して桓武天皇の命により王城守護のために創建された社。恨みを抱いたまま死んだものは、死後怨霊として人々に祟るとされ、天変地異や、疫病も怨霊のせいであると信じられてきた。これを御霊信仰と呼ぶ。有名どころでは菅原道真だろう。先ほどの崇徳院なんかもそう。明治に入ってから更に五柱が増祀され、現在では十三柱を祀っている。

戦国時代の幕開けとなった応仁の乱は畠山政長がこの地に陣を敷き、畠山義就を迎え撃ったことに端を発している。

阿弥陀寺
阿弥陀寺
上御霊神社への参拝を終えると、そのまま境内の敷地に沿って前進。寺町通りを道なりに進んでいくと左手に織田信長公本廟を発見。ここが阿弥陀寺。ここには信長、信忠父子の墓が、更に森蘭丸、坊丸、力丸の三兄弟の墓等がある(肝心の墓の撮影は失敗(涙))。

清玉上人の開創とされるが、この清玉は炎上する本能寺から信長の遺骸を持ち帰り供養したのだという。ホントかよ?という突っ込みをいれつつも、やっぱり真面目に参拝。ちなみに信長の墓はここ以外にも、本能寺、大徳総見院、岐阜の崇福寺などたくさんある。

寺町通を外れて、同志社女子大の裏手へ。細い道を進んでいくと右手に幸神社がある。鳥居が無ければ民家と見まごう程のシンプルな佇まいなのだが、創建は古く、平安京遷都の二年後。御所の東北(丑寅)を守護しており、疫病、悪霊を防ぐ道祖神として信仰を集めてきた。境内の東北の隅には「おせきさん」と呼ばれる神石が据えられている。祭神は猿田彦で、共に天鈿女命を祀る。最近では縁結びの神社として名高い。
幸神社

清明ポスト
清明ポスト
蛇足:清明ポスト

ブームなのか、それとも伝統なのか、清明神社界隈ではポストにまで清明の影響が。これなら式も呪も跳ね返してくれるのだろうか。それとも鬼太郎の妖怪ポストみたいなものなのだろうか。ちなみにこのシールは赤と青、2枚セットで500円。境内の社務所で販売されている。筆者は当然購入した(笑)。


蹴鞠の碑
蹴鞠の碑
サンガをJリーグへ
京都サンガをJリーグへ
ラモスとアルシンド
奉納
蛇足:日本最大の怨霊の陰で

白峯神社の境内には、元々この地に祀られていた神々の社が地主社として設けられている。その中の一つ、精太明神は蹴鞠の神様。境内には蹴鞠の碑(球の部分は可動。ここを一回転してから拝む)があるのだが、昨今ではサッカー上達の神として崇敬されており、崇徳院を凌ぐ勢いで持てはやされている。こんなことで大丈夫なのか。日本最大の怨霊はお怒りにならないのか。心配でならない。

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