Home Page
act-1
戻る
act-3

四国紀行

act-2 2001/08/11

琴平

でかい
高灯籠
いい感じの佇まい
琴平駅
風情のある流れ
金倉川
琴平駅到着(10:01)。善通寺での反省を活かして荷物を預けていくことにする。琴平駅ではコインロッカーが構内にあるのだが、すぐ近くに民間会社の手荷物預かり所を発見。荷物がでかいのでこちらの方が安くあがりそうだ。いきなり夏山テント泊装備(10キロ)が消えまるで羽が生えたようなラクチンぶり。そそくさと金比羅詣りへと出発

駅前の道を直進していくと右手にコトデン(高松琴平電鉄)の琴平駅が見えてくる。その手前の公園の中にある大きな灯籠がいわゆる高灯籠。1865年に建造された高さ27.6メートルにもなる巨大なもの。金倉川を渡って「こんぴらさん参道口」と書かれた道標を発見。すかさずここで左折。土産物屋で賑やかな参道へと入っていく。

まだ序盤
階段が続く
賑やかです。
土産物屋が並ぶ
かつての金堂
旭社

参道を抜けていくと、いよいよ階段が登場。これから長い長い階段昇りの行程が始まるのだ。金刀比羅宮の階段は本宮までが785段。奥社の厳魂神社までなら1,368段。いずれにしても気が遠くなるような段数である。夏に来る場所じゃないよなあ。傍らを見てみると観光客向けの石段駕籠(もちろん有料、参道入口から大門まで365段を担いでくれる)の屈強なおっちゃんたちが片肌脱ぎでたむろしていて、まるで箱根峠の雲助のようである(すごい失礼)。

とにかくここは覚悟を決めて登るしかない。相変わらず喉が痛く、微妙に体調は芳しくないので、とにかく体力温存に努めなくてはならない。ゆっくり進んでいるつもりなのだが、瞬く間に汗が噴き出てくる。こんなことならタオルも持ってくるべきだったよ。密かな後悔と共に歩みを進めていくと、ふいに開けた場所に出る。謎の巨大プロペラ(水難避け関係の奉納品なのか?)を確認。青銅の鳥居をくぐって更に登っていく。

つづら折りになりながら参道は続いていく。夏とはいえお盆期間中だから観光客は多い。皆、ぜいぜい言いながら登っている。横の家族連れは二人の子供だけが元気で、若い両親はややグロッキー気味。言葉少なに黙々と歩いている。少しずつ飲んでいたスポーツドリンクも早速と無くなり、口の中が気持ち悪くなってきたぞ。ひとまず旭社(あさひのやしろ)に到着。1837年の建造。金刀比羅宮は神仏分離以前は金比羅大権現と称されており、その時の金堂に当たる建物。これが本宮だと言われても信じてしまいそうな程の大きさだぞ。

もうへとへと
本宮
途中何カ所も清涼飲料水の自販機を見かけるもここは本宮に着くまで我慢。ややうんざりしながらもとりわけ傾斜のきつい階段を上りきるとついに本宮に到着。急に視界が開ける。本宮の前は張り出した広場になっていて、讃岐平野の素晴らしい展望を目の当たりにすることが出来る。讃岐富士が美しい。

本宮に参拝。この本宮は大物主命と崇徳天皇を祀っている。社殿は大社関陳造りで明治11年に改装されたもの。海上交通の守護神として近隣のみならず、日本各地から信仰を集めた日本有数の古社の一つである。金毘羅はサンスクリット語のクンビーラの漢訳で、鰐が神格化されたもので薬師如来十二神将の一人、宮毘羅大将のことを指す。鰐神は海難避け、雨乞い等、水に縁の深い神で、これが日本に入り垂迹したものが金比羅大権現なのだ。

登ってみたい
讃岐富士
崇徳院を祀る
白峰神社
無料の麦茶サービスがあったので、むさぼるように飲み干す。思っていたよりも足にダメージが来ている。休憩所で脱力。ここで奥社に行くかどうかの決断を迫られる。なにせこれからさらに583段も歩かなくてはならないのだ。といっても悩んだのは瞬間。生涯そうそう何度も来るところではないので、行かなかったら一生後悔するのは目に見えている。一般の観光客もほとんどがここで引き返していくようで、さらに登っていくのは若いカップルや、中高生の観光客くらい。先ほど見かけた四人組は家族会議の末父親の主張が通って登ることを決意した様子。

奥社へ至る参道には白峰神社(崇徳天皇を祀る)をはじめとした摂社がいくつもあり、神社マニアとしては飽きることがない。本宮までの道のりに比べれば若干段数は少ないはずなのだが、疲労が蓄積されているので、思った以上にきつい。先ほどの家族はよろよろの父親(でも登る気満々)を奥さんが「そんな足で帰りの運転どーすんのよ」とやや切れ気味でなじっている(笑)。こっちもここらで辞めて引き返したい……。

まだまだ終わらない
ひたすら階段
終点
奥社
左の奴なに?
天狗さま
美しい田園風景
讃岐平野
もう帰りたいよう……、初日からこんなことでどうすんだおい、と、一人突っ込みを入れつつも、とぼとぼ歩いていくと、気づくと奥社に着いていた。奥社は厳魂神社と呼ばれ、祭神は厳魂彦命。これはかつて金比羅大権現別当職にあった金剛坊宥盛のことなのだそうで、様々な伝説が残されており、後の世に天狗信仰として伝えられている。左側の崖におそらくそれ故かと思われる天狗の顔が刻み込まれている。

しばし、奥社手前のベンチで半死体状態でグロッキーな筆者。ここまで体力落ちてたのか……。というより微妙に熱っぽいのだが、ひょっとして風邪?ともかくも不安な気持ちで下山を開始。まだ12時前だが、琴平を13:06に出る列車に乗らないとこの後のスケジュールが大幅に変わってしまう。重たい体と早くも棒のようになりそうな両足を引きずって、過酷な階段降下が始まるのだった。

お守りもこの紋が
独特の神紋
乗りたかったなあ
コトデン琴平駅
登山で筋肉に負担をかけるのは登りではなく下りである。ゆっくり降りたつもりだが、それでもすっかり消耗してしまった筆者は、とりあえずコトデン琴平駅前の讃岐うどん屋で昼飯を摂取。残念ながらセルフの店(後述)ではなく、最後まで作ってくれる店。しかし冷やしうどんが絶品の旨さである。

次は秘境奥祖谷へ

Home Page
act-1
戻る
act-3