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四国紀行

2001/08/15 act-11

道後温泉

からくり時計らしい
坊ちゃん時計
小さな駅だった
道後温泉駅
温泉場っぽくなってきた
駅前
束の間のシエスタ(美称)を貪ったおかげで、少しは体調が回復した予感。松山に来て道後温泉に行かないのは人として間違っている気がしてならない。病体に鞭打って、ここは湯治にでかけるべきであろう。ホテルを出てすぐ近くに市電の大街道駅がある。正確には伊予鉄道市内線。料金は線内均一で\150。高知の市電は車体全体が広告用にペイントされたド派手なタイプだったことに比べ、こちらの車体はクリーム地にオレンジラインのツートンカラーと素朴ながら味のある車体色となっている。

大街道駅から6駅目。ものの10分で道後温泉に到着である。そもそもここに市電で乗り付ける人間は少ないのか、大観光地であるにもかかわらずちんまりとした小さな駅である。駅前の広場には坊ちゃん時計のギミックが。高さ5メートルはあろうかという大きなもので、30分置きに演出の凝らされたギミックが発動するようになっている。

すごいネーミングだ
湯神社
わりと立派
中嶋神社
いい眺め
石段上から
筆者はひねくれ者なのでここで素直に温泉に浸かりにいかない。まずは周辺探索だ。左手に進むと道後温泉本館なのだが、ここは右に見える鳥居の方角に向かう。いかにもなネーミングの湯神社。田道間守命を祀る中嶋神社を確認。そのまま直進していくと正面突き当たりから石段が延びている。これを登り切ると伊佐爾波神社に到着。

伊佐爾波(いさには)神社は仲哀天皇、神宮皇后が当地を訪れた際に建立したものと伝えられ、更に応神天皇と三柱姫大神を祀る。丹塗りの堂々たる社殿はここ以外には石清水八幡宮と宇佐八幡宮にしかないという八幡造りによるもので、国指定の重要文化財。さすがにここまで登ってくる観光客はそう多くはないようで、人気が少なくて気分がいい。

八幡造り
伊佐爾波神社
立派な造作
宝巌寺
枯淡の味わひ
ネオン坂
伊佐爾波神社の裏手から下っていくと到着するのが宝巌寺。665年に天智天皇の詔勅により、当地の国司により建立されたという、四国きっての古寺であるが、何より時宗の開祖である一遍上人出生の地として名高い。本日の寺社仏閣シリーズはこれでおしまい。珍しく賽銭を入れてお参り(普段は入れない)。この体調を何とかして欲しい……。

宝巌寺から下はネオン坂と呼ばれる歓楽街が続く、筈なのだが、これは「かつての」と云うべきなのかもしれない。元々は遊郭のあった地帯なのだが、現在ではスナックやバーが点在。いい感じに寂れている。100メートル程のネオン坂を下りて、その後は右折。道なりに進んでいくと道後温泉の本館が見えてくる。

風格漂う
道後温泉本館
千と千尋チックですね。
横から見た図
藍は愛、愛は藍、、ッテスゲーな。
温泉街
というわけで、いよいよ本来の目的地である道後温泉本館に到着。その由緒はなんと3,000年前にさかのぼるとされ(マジかよ)、開湯は少彦名命、大国主命の二柱によるもので、聖徳太子や天智天皇も入湯したとされている。なにはともあれ入館(\300)。この建物自体は1894年に始まり徐々に現在の形に整備されてきたもので、木造の三階建建築。階によってグレードが違っていて入浴料金が異なる。

中に入ると入り口からしてものすごい混雑振り。ちなみに貧乏な筆者はもちろん最低価格コースを選んでいるのだが、このコースだと一番下の半分地下になっているような場所が浴室になる。安いだけに一番混むのではと思っていたのだが、中に入ってみると意外に浴槽は空いていて驚かされた。普通の観光客はもっと金出して上の風呂に入るのだろうか。汗を洗い流して、それはそれは快適な気分。ここの湯は無色透明で、なんだか温泉という気がしないぞ。

湯温が高いのでそれほど長くは浸かっていられなかった。湯冷ましのウーロン茶を飲みながら館内をぶらついてみる。日本家屋ならではの薄暗さと、建て増しにつぐ建て増しで、どこがどうつながっているのか皆目検討がつかない内部構造、これで人居なかったらけっこう怖いんじゃないだろうかこの建物は。時間のある時にでももう一度来てみたいところだ。

ドキドキしますね。
おたのしみ
余談

ネオン坂の自販機で見付けた「おたのしみ」コーナー。場所が場所だけに別の意味を勘ぐってしまいそうだが、単なるジュースの自動販売機である。ロング缶は20円安。ショート缶にいたっては40円安。お買い得である。体の云い在庫処分なのではという突っ込みはもちろんナシである。

ようやく次は最終日。一路高松を目指す。

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