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2002年夏紀行 新潟→北東北→函館

2002/08/15

file:4 函館1

昨晩の宿はイマイチだった。直前予約だったので安さだけで選んでしまったのが失敗。設備はショボイし、駅から遠いしで散々だった。ともあれ、函館の朝だ。東北では天候不順で悲惨な状況だったが、ようやく晴れ渡る夏の青空が♪と、ガバッと窓をあけるとイヤ〜な感じの曇り空。っていうか、小雨が降ってる……。北海道も安息の地では無かったのか。著しく、やる気をそがれつつ、出発の用意をする。夜にはもう函館を出なくてはいけないので、今日は出来るだけ効率よく回らなければならない。
かわいい車体だ。
函館の市電

幸いにも雨は収まってきてくれたので、いざ出発(9:00)。まずは近場にある、重要スポットに立ち寄り。土方歳三最期の地である。新撰組フリークならば涙を流して、立ちつくすこと必至であろう。かの新撰組副長土方歳三が鳥羽伏見の敗戦以来、転戦を重ね遂にたどり着いたのがこの地だ。1869年5月11日逝去。かつて坂本龍馬や白虎隊、近藤勇の墓に参拝したことがあるのだが、意外にもそれらに比べると落ち着いたたたずまいの墓所。街中ということもあるのだろう。目の前を大きな道路が走っているので、やや落ち着かないのが残念。

朝なので誰もいなかった
土方歳三最期の地
まずは駅に向かう。帰りの分の快速海峡の指定を押さえるためだ。昨日のガラガラの自由席が脳裏をよぎるのだが、保険をかけておくに超したことはない。大きな自転車を抱えて3時間車内で立ちつくすような危険は避けなくてはなるまいよ。しかしみどりの窓口で相談してみると、海峡の指定は軒並み売り切れ。残っていたのは一番最後の14号のみ(函館発/20:18)。滞在時間がたくさん持てて有り難いのだが、その分青森への到着が遅くなってしまうのだが、無い物は仕方がない。素直に海峡14号の指定席券を購入。重い荷物を駅のロッカーに預けて観光再開である。
にぎやか
北海道新聞社前
最小限の荷物だけをチョイスしたため後輪がやけに軽く感じる。有り難いことに雨は上がってくれた雰囲気なので一路北へ。函館観光の手始めとして五稜郭を目指す。明治期以降の新しい街だからなのだろう。函館の街も中心部は碁盤の目状になっていて、観光客にはありがたい。昨日青森で、簡単な地図付きのガイドマップを購入したのだが、これ一枚でなんとかなりそうだ。

高砂通を快走して白い塔が見えてくると五稜郭は近い。あれはきっと五稜郭タワーなのだろう。五稜郭は北辺警護のため、1864年に幕府によって築かれた西洋式の城塞。あまりに有名な星形の城郭は、欧州の城塞都市を参考として、蘭学者武田斐三郎によって設計された。戊辰戦争時には幕府軍が立てこもり、明治政府軍と最後の攻防を繰り広げた地として名高い。

早速五稜郭タワーに登ろうかと思っていたのだが、ものすごい行列。朝のこの時間でこれかよ。さすがは夏の北海道だ。あっさり諦めて素直に五稜郭へ入ることにする。現在では公園化されていて出入りは自由。しかし規模がでかすぎて地上からでは五稜郭の構造はイマイチ実感出来ず。まあ、そりゃそうだよな。市立函館博物館五稜郭分館を見学(\400)。ここで始めて四稜郭の存在を知る。北へ3キロ。自転車ならなんとかなるぞ。

登れず
五稜郭タワー
出っ張ってる所
五稜郭
というわけで予定を変更して四稜郭へ向かうことにする。よく見ると小さくではあるがちゃんとガイドブックにも載っている。思いっきり中心部から離れてしまうが、自転車ならばどうという距離でもない。こういう時に自転車のありがたさを実感する。幹線道路を渡り、宅地の中をこれでいいのかと迷いながら進んでいくと、急に視界が開けてくる。緩い上り坂をおっちら上っていくと四稜郭と記された案内板を補足。

当然の話だが、五稜郭に比べると格段に扱いが低い。シーズン中であるが、観光客はゼロ。ちゃんと保存してくれているだけマシというべきか。四稜郭は五稜郭の北の備えとして1869年に構築されたものだが、いざ戦闘が始まるとわずか数時間で陥落。以来荒廃するにままになっていたものが、土塁だけではあるが1973年に復元され現在に至っている。東西104メートル。南北が66メートルと五稜郭に比べるとあまりに規模が小さい。

また小雨がパラつくようになってきた。すっかり函館郊外まで来てしまった感があるので早く戻ろう。上ってきた坂から函館の市街地が一望できる。函館山が綺麗だ。惰性で坂を下りていく。空腹を覚えたので昼飯を摂ることに。昨日は駅そば+駅弁で簡素に済ませたので、今日は少しだけ食事の予算をアップ。なんと昼から寿司だ。北海道の寿司はやはり美味い。価格は東京に比べて少し安いかな程度なのだが、ネタのでかさと新鮮さが根本的に違う。観光スケジュールを忘れてしばし貪り食らう(見苦しい)。

なんだかわからんな
四稜郭
晴れていれば
函館市街を望む
五(四)稜郭シリーズが終わったので、次はマイナー博物館巡りにテーマを切り替える。手始めに函館市北洋資料館へ。現在ではどうもピンと来ないのだが、かつての函館は観光都市というよりは北洋漁業の一大拠点であったらしく、漁期になると各地から膨大な船と人が集まり、厳しい北の海へ出港していったのだという。この資料館では北洋漁業の歴史から当時の様子、数々の漁法等を紹介しており非常に興味深い。北洋漁業の偉大さをかみしめながら退館。道立の函館美術館もすぐ隣にはあるのだが、特別展示の内容が好みでなかったのでパス。ようやく函館の港湾部へと進路を変える。
渋い展示でした
北洋資料館
行っときゃ良かった
函館美術館
函館観光の中止部へ向かおうと思っていたのだが途中でまたしても気が変わった。海が無性に見たくなって目指した先は啄木小公園。数ヶ月間だけだが石川啄木は函館に滞在していたことがあったらしく、公園に隣接して啄木浪漫館なる展示施設もある。だが啄木愛の無い筆者はこれらをスルー(好きな人すまん)。海沿いの公園から眺める曇天の北の海を堪能するのだった。
左は海
啄木小公園
いい眺め
太平洋だ
入館せず
啄木浪漫館
海を見ながらボーっとしているといくらでも時間が経ってしまう。気を取り直して続きを始めることにする。左側に太平洋を臨みながら海沿いの道をひた走っていく。観光地らしく種々の食べ物屋が目立つようになってきた。亀田川を越える。亀田の旧名はシコツ。大きな沢、窪地を表すアイヌ語。シコツが死骨を連想させることから名称が改められたようだ。支笏湖もきっと同じ由来なのだろう。大森稲荷の赤い鳥居が見えてくる。ここで右方向へ進路を変える。やがて市電の軌道に合流。あとはそのまま市電を追いかけるように前進。函館山へ向かう。
快適
亀田川
ホントはガスタンク
大森稲荷
次回はこちらへ
函館山

余録

なんとなく恒例になっているようなので函館でもネコを捕捉してみた。二匹だけだけど……。住宅地のネコにしては栄養状態が悪く少々気になった。

ボブテイル
函館ネコその1
きじとら
函館ネコその2

函館編は全3回の長編になりそう。
次は函館山周辺へ。

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