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2002年夏紀行 新潟→北東北→函館

2002/08/15

file:5 函館2

一番西の坂
魚見坂
市電に沿って函館山方面へと向かう。まずは港周辺を徘徊してから元町方面に向かうつもり。とにかく市電を追いかけていけばいいので間違えようが無くて気が楽だ。函館は駅前も賑やかだが、観光都市函館を実感出来るのは元町近辺だろう。夏真っ盛りということもあってか観光客だらけ(筆者もそうだが)。五能線の旅で人混みの存在に耐え難くなっていた筆者は予定を変更して寺巡りを優先させることにする。

市電の終点函館どっく前まで進む。終点とはいっても市電の駅なのでシンプルな作りだ。この先左の魚見坂を上る。函館と言えば坂である。登り切ると函館港が一望に見渡せる。ドラマか映画で見たような光景だが、いざ自分の目で生で見てみると感慨もひとしおだ。

入れず
高龍寺
碑は昭和製
新撰組供養塔
コンクリート製
称名寺
益田喜頓の墓も実はある
実行寺
高龍寺はこの坂の左手に位置している。開基は1633年(寛永10年)と古く。函館で最も古い寺院だ。続いて称名寺。ここには土方歳三と新撰組隊士の供養塔が残されている。度重なる大火で当時の碑は残っておらず、現在の碑は1973年に再建されたもの。備えてある花がやたらに立派なのはファンの多さを物語っているのだろうか。その先に右手は実行寺。日蓮宗の寺院で箱館戦争の戦死者が多数葬られている。
豪華過ぎる
旧函館区公会堂
元町は坂だらけだが一度登ってしまうと横軸の移動はラクチンなのだ。寺見物の次は教会見物である。住宅地の中を進んでいくとにわかに混雑度が増してくる。元町公園が近い。とても自転車に乗って走れる状況ではないので、ここは素直に降りて押して歩く。

黄色と白のコントラストが目に眩しい豪奢な建物は旧函館区公会堂。左右対称の洋風建築で1910年に完成。国の重要文化財で1982年に改修を受け現在に至っている。おおっ、観光地らしくなってきた

公会堂の下にある淡いグリーンの洋風建築物は旧北海道庁函館支庁庁舎。二階部分は写真歴史館となっている。時間があまり無いので残念ながら内部見学はパス。

ロマンのかほり
旧北海道庁函館支庁
入館せず
元町界隈

さすがは夏の北海道。しかも函館。んでもって元町。人大過ぎ。ファンシーな配色の土産物屋やら軽食屋がそこここに点在していてこの場所が観光地であること実感させられる。状況に流されやすい筆者がすかさずここで小腹を満たしたのも無理のないところである。

喧噪の中を抜けて日和坂に至ると右手に見える鳥居が船魂神社。1135年(保延元年)に建立された観音堂が始まりとされており、道内最古の伝説も残るが来歴は定かではない。蝦夷地へ渡ろうとした義経を遭難の危機から救ったという、胡散臭さ100%の伝説も残されている。この神社も周辺建造物の例に漏れず明治期の大火で社殿を焼失。現在の社殿は1932年の再建。

無骨な神明鳥居がイカス。
船魂神社
風見鶏がプリティ
カトリック元町教会
壮麗で美しい
ハリストス正教会
舞城王太郎の三角蔵を思い出した
聖ヨハネ教会
さて元町観光のハイライトだ。函館西高の脇を抜け(この立地は羨まし過ぎ)、左手のゴシック様式の建物はカトリック元町教会。高さ33メートルにもなる大鐘楼とその上の風見鶏が印象的。1876年に建造され、火災による焼失後1924年に再建されている。

右手には聖ハリストス正教会。函館のシンボル。ロシア風のビザンチン様式によるもので、日本初のギリシャ正教会として知られている。ハリストスとはギリシャ語で救世主の意。キリストのギリシャ読みなのかも。創建は1859年(安政6年)。ロシア領事館の付属聖堂として建造されたことから。1872年にロシア人ニコライによってギリシャ正教会の聖堂となっている。現在の建物は1916年の再建。函館では通称ガンガン寺と呼ばれている。

お次は日本聖公会函館聖ヨハネ教会。こちらはイギリス国教会の流れをくむ教会で、1874年英国人宣教師デニングにより創建されている。先の二つに比べてやけにモダンな印象を受けたのだが、それもその筈、現在の建物は1979年に建造されたもの。ちなみに上空から見るとこの建物は綺麗に十字型になっているらしい。

教会の次はまたしても寺院だ。カトリック元町教会前の脇道を進んでいくと左に見事な瓦屋根が見えてくる。これは東本願寺の函館別院。1709年(宝永6年)に木古内町から移されたのが端緒で、この地に移転したのが1881年。現在の見事な本堂が建造されたのは1915年のこと。

ええと、函館のハイライトは函館山から見下ろす夜景だろうというツッコミが当然あるかとは思うのだが、そんなものは当然パスである。ただでさえ周囲のカップル率が高いのに、男一人で函館山に登る度胸は無いのである(少し切なげ)。というわけで函館山へ向かうロープウェイを虚しくスルー。

ここも入れず
東本願寺別院
港がきれいだ
護国神社坂
ガラガラ
護国神社
少し人がいた
函館八幡宮
北から南へと元町を抜けてきたがようやく終盤戦だ。函館山ロープウェイの山麓駅を過ぎると左手に幅員の広い坂が開けているのがわかる。これが護国神社坂(旧招魂社の坂)で別名を汐見坂。倒産坂とも呼ばれており、坂に面して門を構えると倒産するという嫌な言い伝えが残されている。

右に護国神社坂があるわけなので、当然左には護国神社がある。さすがにここまで来ると観光客もまばら。一気に寂しくなってくる。1869年に築かれた招魂場が始まりで、1874年に招魂社となり、1939年に護国神社と改称されている。函館戦争以来の戦没者を祀る。

ラストは函館八幡宮。護国神社から山沿いに進んで500メートル程で到達である。1445年(文安2年)、河野政通が蝦夷地来訪の際に築いた八幡社が元とされている。最初は元町公園周辺に建造されたが、その後各地を転々とし、現在の場所に落ち着いたのは1804年(文化元年)のこと。八幡造りの社殿は1918年に作られたもの。

それにしても寺院、神社、教会とそれほど古い地区ではないのに、宗派入り乱れて密集しているのは蝦夷地の玄関口として開けた函館ならではの特徴だろう。などとつらつら考えながら走ってきたがさすがに空腹を覚えた筆者。坂の町へ別れを告げ、函館港界隈へと進路を変える。


余録

単なる空き地に見えるが実は駐車場となっている。スペースの奥には契約者を示す立て看板が三本あるのだが、「山本」「山本」「山本」と山本家が激しく自己主張。山本さん専用駐車場と推定。なにか他にやり方はなかったのか。

車はなかった
一見普通の空き地だが
その1 その2 その3
山本さん
これも山本さん
これまた山本さん

函館編ようやく次でおしまい。
ああ、2003年の夏が来てしまう……。

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