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北の庄城址
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| 起床(7:00)。普段はダメなのに出先だとちゃんと起きられるのは何故だろう。今日も午後以降は移動に専念。福井観光に使える時間は僅か3時間しかないので急がなくてはなるまい。まずは宿のすぐ近くにある柴田神社に向かう。
福井には10年近く前に訪れていて、その際にも一度来ているのだが行ってみて驚いた。昔は地味な柴田神社しか無かったのに、今では公園が整備され北の庄城址公園・柴田公園としてすっかり様変わりしていたのだ。
北の庄城は1575年に織田信長の武将であった柴田勝家が築いた城だが、完成を見る前に1583年に秀吉に攻められ落城。その後再建されなかったこともあり、知名度的には今ひとつ。柴田神社そのものが明治になってからの建立らしく、江戸期の冷遇ぶりが伺える。
最近になっての発掘調査で当時の石垣などが発見されており公園内ではその一部を見ることが出来る。公園内には柴田神社の他にも、お市の三人の娘を祀る三姉妹神社(スゴイネーミングセンスだ)、展示資料館が設けられており、勝家が作らせたと伝わる舟橋の鎖なども展示されている。
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柴田勝家像
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お市像
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幸橋
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| 幸橋を渡り足羽川を越える。左手に福井鉄道が走る。路面電車サイズでない通常規格の車両が道路を走っているのはやはり違和感がある。
眼下に見える足羽川は先だっての7月18日に梅雨による豪雨から大水害を起こしたことが記憶に新しい。川岸は未だ当時の名残が色濃く残っていて痛々しかった。
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橋本左内像
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橋本左内の墓
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続いて左内公園に向かう。橋本左内は越前福井藩の人間。才気煥発で知られるも安政の大獄の際に刑死。そのとき僅か26歳の若さ。幕末の志士の先駆けとなった人物だ。
この公園は元々左内の菩提寺であった善慶寺の境内で都市計画の一環で公園化されたものらしい。左内の墓があるのもそのためか。ちなみにこの周辺の町名は左内町となっている。
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西光寺
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| 続いて再び勝家関係の史跡を訪問。菩提寺である西光寺へ向かう。この周辺は寺町になっているのか寺院が多く発見に手間取る。保育園とごっちゃになっていて、うっかり見過ごしてしまったらしい。
西光寺は朝倉貞景が家臣上田兵衛尉に命じて創建したとされる天台宗の寺院。かつては一乗谷付近にあったが勝家によってこの地に移されている。
勝家とお市の墓は死後すぐに造られたわけではなく、家老であった山中長俊によって後に創建されたもの。生前の巨大な武勲と知名度を考えると小さな墓石に無情を覚える。
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勝家お市の墓
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福井鉄道田原町駅
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| 西光寺から更に奥に入ると足羽山公園がある。足羽山は標高116.8mの小高い山で登ると福井市街一望に見渡すことが出来る格好の展望スポット(だと思う)。が、10年前に一度来ているのと時間が無いのとで今回は見送り。
続いて養浩館庭園に向かう。公園口電停から福井鉄道に乗り込み田原町で下車。本当は養浩館庭園に行くには裁判所前電停で降りるのが正解なんだけど、終点まで乗りたかったので仕方がない。
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えちぜん鉄道田原町駅
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養浩館庭園
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| 田原町ではえちぜん鉄道(前に来たときは京福が運営していた2003年かららしい)の三国芦原線に連絡している。東尋坊方面へ向かう列車だ。鉄欲が高まるところだが乗ったことがある路線なので、ここはおとなしく養浩館庭園へ向かっておく。徒歩で20分程度。
養浩館庭園(ようこうかんていえん)到着(\210)。ここは元禄期に福井藩の七代藩主松平吉品が造らせた別邸で当時は御泉水屋敷と呼ばれていた。
戦災で建物は消失しており、現在の建造物はごく最近になって新築されたもの。庭園もそれに伴って整備されたのだろう。再建されるまでは荒廃がひどかったらしい(地元のおばちゃん談)
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回遊式林泉庭園(らしい)
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郷土歴史博物館
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舎人門
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次なる目的地は福井市立郷土歴史博物館(\500)。養浩館庭園のすぐ隣だ。そろそろ暑さが本格的になってきたので涼みたくなってきた。おそらく養浩館庭園と近いタイミングで出来たのだろうかなり新しい建物。
敷地内には復元整備された福井城の舎人門もある。この周辺はかつての福井城の一部だったらしい。でも門だけ復元されているのも妙な感じだ。
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| ちょっとだけ時間が余ったので福井城址をぶらぶらと歩く。内堀を渡って本丸に。当時を忍ばせる構築物はあまりなく、敷地内には福井県庁がどどーんと鎮座。県庁所在地にありがちな光景である。
県庁の入口付近で結城秀康の像発見。秀康は徳川家康の次男で関ヶ原の合戦後この地に入り、勝家から始まった城下町福井の原型を完成させた人物。やっぱり福井を代表する武将というと彼になってしまうのだろうか。
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結城秀康
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福井県庁と石垣
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小浜線ホーム
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| ということでもの凄い駆け足で福井市街観光を終了。福井は好きな街なのでいずれ是非また再訪したい。北陸本線に乗り込み福井発(11:16)。短い時間とはいえけっこう歩いたので適度な疲労感。敦賀着(12:07)で小浜線に乗り換える。
この日で北陸周遊を終え、ラスト二日は京都観光の予定。素直に北陸本線で京都入りしないのは、言うまでもなく小浜線に乗ったことがないから。敦賀発(13:17)。編成が短い車両なのに、やたらに乗客が多く(ほとんど18切符の民と見た)車内は大混雑。当惑気味の地元の方々に何となく申し訳ない気持ちになる。
若狭湾に沿って列車は西へと進む。時折見える日本海の青さが目に眩しい。ここは自転車で走っても楽しそうだ。東舞鶴着(15:06)で、今度は舞鶴線に乗り換え。東舞鶴発(15:47)。40分ほどで終点の綾部に到着(16:29)。
ちょっと乗り換えが慌ただしい。今度は山陰本線に。綾部発(16:55)。途中保津峡の景観にビックリ(京都のすぐ傍なのにスゴイね)しながら京都入り。到着した京都は地獄のような蒸し風呂状態。恐るべし京都。いきなりアウェイの洗礼(違、衝撃を受けつつ宿に向かうのだった。
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小浜線
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