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2005/08/17 #6 熊本⇒長崎 |
熊本城公式HP
水前寺成趣園
| 起床(不明)。今回選んだホテル(東急イン)は当たりだった。清潔度、設備、サービス共に申し分なし。でも料金は普通のビジネスホテル並。やっぱり都市部は選択肢が増えるので助かる。阿蘇で泊まったところ(どこか書かないが)は老朽化が酷くて見ていて気の毒だった。ちなみに東急インのすぐ近くには後に有名になる東横インもあったりするのだが、泊まらないで良かった。当時は区別ついて無かったからなあ。
なお、この類の旅行で自分がチョイスするのはだいたい\4,000〜\6,000の価格帯の宿。昔はユースも使っていたけど、あまり値段が変わらなくなってしまったので最近は使わなくなってしまった。旅館にするかビジホにするかは気分に応じて。食事は外で食べた方が美味しいし、だいたい割高になるので宿では取らない。設備として外せないのが湯沸かしセットと冷蔵庫。これはご当地スィーツを楽しむには欠かせない。これで禁煙ルームがあったりするとなお可だ。 それから県庁所在地レベルの大きな街になると、シティホテルクラスの部屋がシーズンによっては格安で売りに出ていることがあるので、こういう場合は積極的に使う。\20,000〜\15,000の部屋が、運が良いと\5,000くらいまで泊まれることがある。この手の部屋はその代わり展望は皆無or最悪というケースが多いけど、設備やサービスは変わらないので、景観が気にならない人は積極的につかうべし。 |
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| で、閑話休題して本日の観光に出発。今日は長崎まで移動しなくてはならないので観光が出来るのはお昼まで。よって目的地を二箇所に絞った。まず最初に訪れるのはもちろん天下の名城熊本城だ。市電の熊本城前を降りて、市民会館前で右折すると早くも天守閣が見えてくる。
壕のように見えるのは坪井川。河川を城の縄張りに取り込んで、壕としての機能を持たせようという工夫の一つなのだろう。橋の手前右には加藤清正の像が鎮座している。熊本城はこの加藤清正によって築城された。1601年から足かけ7年をかけてようやく完成。日本三大名城(残りは名古屋城と大阪城)の一つとして知られている。 この先は緩い登り坂になっていて、行幸坂と呼ばれている。右手の備前堀に沿って見事な石垣が続き、雄大な天守閣も顔を覗かせている。頬当御門から先は有料ゾーン。係の人なのだろうか鎧を着込んだ番兵が二人待ちかまえている。この暑さの中では大変だろう。入場料(\500)を払って内部に入る。 |
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| 入ってすぐに目に入る巨岩は五郎の首掛け石と呼ばれるもの。横手(よこて)の五郎なる男がここまで運んできたものだとされている。重さは1,800キロ!五郎の父は天草国人一揆の際に清正によって討たれ、その仇を取るために彼はこの城に潜入したらしいのだが、素性がばれ、逆に討ち取られてしまったのだと云う。
奥に見える建築中の建物は本丸御殿らしい。往時の姿を取り戻すべく、熊本市は長期的な計画をたててかつて熊本城に存在していた様々な建造物を復元している。本丸御殿もその一つで、これは2007年完成予定。築城400年を記念しての復元。総工費は54億円にも上る。熊本市って金があるんだなと、下世話なこと考えながら天守閣へと向かう。完成した頃にまた見に来られると良いのだが。 続いて本日のメインディッシュである天守閣に登る。やはりデカイ。黒塗りの外観は豊臣系の武将の城に多い。これは当時の名城大坂城にならったもの。その後防火性の高い白い漆喰塗りの技術が開発され、徳川家をこれを推奨した。関ヶ原以降に白系の天守閣が多いのはそのため。既に徳川政権が誕生していたこの時期に、思いっきり黒塗りの天守を作った清正はリスキーな事をしたことになる。加藤家は次代の忠広の時に内紛が生じ、孫の光正の代にはアッサリ取りつぶされてしまう。以後、熊本は細川家の支配を受けることになるのだ。 |
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| 天守閣のある本丸から少し降りた所が数寄屋丸。ここには数寄屋丸二階御広間が復元されている。1989年に市制100周年を記念して復元されたもの。接客スペースとして、茶会や連歌の会が催された場所なのだそうだ。
数寄屋丸二階御広間の手前には地図石なる不思議な遺構が残っている。切石を隙間無く敷き詰めた方形の空間で、この配置には何か意味があるのではと、古くからその謎が取りざたされてきた曰く付きの石組み。日本地図、熊本城下の地図、城の縄張り説など諸説出ているがいずれも決定打には欠けるようだ。 ※写真は木洩れ日が写り混んでしまい、石組みの模様がとても見にくくなってしまった。申し訳ない。 |
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| 再び熊本市電車中の人となる。およそ20分の乗車。熊本城前から水前寺公園まで移動。途中豊肥本線の高架をくぐる。水前寺公園電停から5分程歩くと目指す水前寺成趣園に到着する。熊本城に加えてあともう一つだけ足を伸ばすならば、ということでチョイスしたのがここ。水前寺成趣園は加藤家の改易後、この地に移封されてきた細川家が忠利、光尚、綱利の三代の治世を費やして造営を行い完成させた回遊式庭園。西南の役や、第二次大戦の戦禍で何度か荒廃しながらもその都度再建され現在に至っている。
こちらもかれこれ10年ぶりの再訪だ(入園料\400)。近づくに連れて土産物屋が増えてくる。すっかり忘れていたけど、だんだん思い出してきたぞ。一度訪れた場所を、時間を置いてもう一度訪れるというのは、けっこう嬉しいことだったりする。あの時は春だったけど今は盛夏。ジリジリと焼き付ける強烈な夏の陽射しに、庭園の濃い緑が映えて鮮烈な印象を受ける。 |
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| 日が高くなってきて気温が上がってきた。洒落にならない暑さなので無理せずゆっくりと園内を徘徊。この庭園は東海道五十三次をモデルにして造営されていて、富士山に擬した小山がすっくとそびえ立っている。庭園ファンにいわせると「見立て」は庭園を鑑賞する上での超重要ポイントらしいので、見るべき人が見れば他にもいろいろな「見立て」が発見出来るのだろう。経験値不足でちょっと残念。
園内の北側にある像は細川忠利像。熊本藩の初代藩主で、細川忠興とガラシャ夫人の子。つまり細川藤孝(幽斎)と明智光秀の孫でもあるわけだ。そして西側にある神社は出水神社。こちらは歴代の細川藩主を祭神とする社。 この日成趣園の茶店ではかき氷が売れに売れていた。通りがかった観光客のほとんどが「氷」ののれんを見るや、吸い込まれるように店の中に入っていく。仕方ないので(笑)筆者も注文。宇治金時ミルク(\600)を貪るように食す。美味であった。小豆でなく、金時豆が乗っているのが新鮮。 |
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さて、少し早く観光を終えてしまったので市内のスタバ(熊本パルコ店)で一休み。最近はほとんどの街にはスタバがあるので非喫煙者としてはとてもありがたい。よさげなカフェを時折みつけても、まだまだ分煙が進んでいないことがあって、とにかく煙草の煙がダメ派としては入店を躊躇ってしまうことがあるのだ。
目の前は市電の行き交う電車通り。熊本の市電はカラフルでバリエーションが豊富。見ていて飽きない。 |
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| ということで熊本での時間はここまで。午前中、目一杯歩いたので既に疲弊気味。心なしか繁華街部分よりも、駅周辺の方が暑いような気がする。熊本発(13:33)。鹿児島本線で北上。眠いけど乗り換えがあるので眠れない。大牟田着(14:28)。この列車は次の銀水止まりなので10分後にやってくる門司港行きに乗り換える(14:38)。
鳥栖着(15:10)。三日ぶりの鳥栖スタ。ここまで戻ってきたか。20分の待ち合わせで長崎本線に乗り換える(15:30)。入線してきた817系の想像を超えた格好の良さに愕然とさせられる。ここまであえて書いてこなかったけど、JR九州の車両クオリティは凄すぎる!各駅列車なのに革張りの木製シートって……。実用本位の東日本の車両を見慣れた目からは別次元の乗り物に見えた。JR九州の素晴らしさについてはいずれ改めてコーナーを設ける予定なのでその筋の方たちはしばしお待ちを。 |
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長崎本線は単線区間が多い。そのため車両交換や特急の通過待ち合わせで、かなりの時間が潰れる。鳥栖から長崎までは到着までに三時間以上もかかるのだ。尚、座るなら進行方向左側が基本ポジション。嫌というほど有明海を眺めることが出来るぞ。 青春18切符シーズンでありながら車内にそっち系(筆者もだけど)の人の姿は少なく、地元の高校生たちの乗り降りがほとんど。有明海をぼーっと眺めつつ、静かな車内で微睡んでいるうちに列車は次第に西へ西へと進んでいく。 諫早を過ぎたあたりから、夕方のラッシュモードに入るのか俄に車内の混雑度がアップする。ここまで来ると長崎は近い。喜々津から先、長崎本線は長与周りの旧線と、市布経由の新線に分岐する。817系は新線の方を通るので、ああ、帰りは旧線を使わなきゃなあ、と寝ぼけながら考える。この路線は長崎新幹線開通の暁には、ご多分の例に漏れず、分離民営化される公算が大きい。乗れるときに乗っておかなくてはなるまい。 長崎着(18:37)。熊本から五時間かけてようやく到着。さすがに乗り疲れた。長崎も二度目の訪問だけど、鉄道で来たのは初めて。観光都市だけあって駅前は良く整備されている。華やかで垢抜けた印象を受ける。長崎の市電、長崎電機軌道に乗り換えて大浦天主堂で下車(19:21)。さすがにもう真っ暗だ。今日の宿まではここからあと5分程歩く。 |
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最終目的地長崎着。これから二泊三日の長崎紀行。
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