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蛍茶屋電停
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松山町から市電3番系統で蛍茶屋まで移動。特に終点まで乗る必要はなかったけど、終点まで乗ってしまうのは鉄の人故の特性なので気にしないように。折り返して新大工町で下車。そこから100メートル程歩くと中島川の流れにぶつかる。次のテーマは石橋めぐりである。
中島川には十一の石橋が架けられている。元々は江戸時代に造られたものだが、度重なる水害で流されてしまった。特に1982年の水害による被害は甚大で、多くの橋がコンクリート製になってしまっている。暑さと空腹で気力が萎え気味だったので確認出来たのは六つのみ。既に訪問から一年を経てしまった(遅すぎ)ので手抜き更新で宜しく。
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編笠橋
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古町橋
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一覧橋
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| まずは上流から編笠橋。オリジナルは1699年の架橋。元禄時代だ。当時、周囲が「あめがた町」と呼ばれたことに由来する。コンクリート製。続いて古町橋は1967年の架橋。こちらも町名に由来する命名。そして一覧橋は1657年の架橋。残念ながらこちらもコンクリート製である。架橋者である中国人高一覧の名前に因んだ命名。 |
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竿原橋
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東新橋
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眼鏡橋
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| 続いて竿原橋。竿原は「すすきはら」と読む。オリジナルは1681年の架橋。明治になって周囲に草が多かったことからこの命名となった。東新橋は1673年の架橋。こちらもコンクリート製。最後に眼鏡橋。長崎で一番有名な橋だろう。1634年の架橋で、日本最古の石造アーチ橋で、国の重要文化財にも指定されている。水面に映った影と合わせるとメガネのように見えることからの命名。これは紛れもなく現在でも石造のアーチ橋だ。 |
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寺町界隈
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興福寺
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崇福寺
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| 眼鏡橋を渡って山側にそのまま進むと突き当たりが寺町。風頭山の麓に十を超える寺群が連なる。特に有名なのが興福寺と崇福寺。
興福寺は1620年に中国僧真円の建立した小庵に由来する。日本における黄檗宗の発祥の地として知られる。
崇福寺は興福寺に遅れること九年。1629年の創建。こちらも中国の僧侶超然による建立。いかにも中国風の山門が特徴的だが、この奥にある第一峰門と大雄宝は国宝指定らしい。拝観料をケチって中に入らなかった筆者は大マヌケである。ああ、入っておけば良かった。
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正覚寺下電停
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アーケード街
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| 既に14時を回っていて疲労と空腹がピークだったので、繁華街に出て遅めの昼飯を摂取することにした。正覚寺下の電停まで出て観光通で下車。おおっ人が多い!さすがにここまで来るとけっこうな人出である。慣れない街で、昼飯のスポットを発見するまで更に一時間を費やすことになる(笑)。 |
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長崎駅前
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駅前の歩道橋から
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夜である。手抜きにも程があるとか言わないように(笑)。ダラダラ昼飯食べてたり、ネットカフェで涼んでいたり、駅前の古本屋(本だらけ)を渉猟していたりしたらあっという間に夜だったのである。この時間帯でも吹く風は熱風でとにかく暑い。今日は早めに宿に戻ろう。 |
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