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2005年夏紀行 九州

2005/08/19

#9 長崎3

◇参考リンク
知っとかんば長崎(長崎観光協会)
大浦天主堂公認ページ
長崎南山手物語(グラバー園公式)

入口にある
大浦天主堂
それはもうみっしりと
坂の町
湾を横断
港湾部の女神大橋
えー、既にコレ書いているのが2007年の3月なので(更新遅すぎ)、パッパと手抜きスタイルで進めることにしたい。2006年分の更新がまるまる手つかずで残ってるんだよなあ。マズイ。我ながらマズ過ぎる。

というわけでようやく最終日。ホテルをチェックアウトしてまずは大浦天主堂に向かうことにする。歩くこと五分弱。左手前に大浦教会の三角屋根が見えてくる。その奥には大浦天主堂の尖塔が見える。大浦天主堂は日本最古の天主堂で国宝指定。日本二十六聖人殉教聖堂が正式名称。1864年竣工。この建物も原爆で倒壊しているが、1952年に再建されている。

天主堂に向かって右へ折れていくとグラバー園(\600)の入口にたどり着く。まだこの時点ではそれほど観光客は多くない。朝8時から空いているのがこの施設の素晴らしいところ。まずは動く歩道で一番上まで上がる。グラバー園は傾斜地に作られているので、まずは一番上まで上がってしまった方が楽。ここまで上がると長崎の造船所や稲佐山、湾口部の女神大橋までもがよく見える。

まず目にはいるのが居留地境の道標。ここから先は外国人の居留地であった。そして最初に訪れるのは旧三菱の第二ドックハウス。船がドック入りしている際に、船員たちが宿泊したところらしい。ここが一番高いところにある建物。この裏には第二ゲートがあって、こちらからも入館することが出来る。

字が出ない
居留地境
旧三菱第二ドックハウス
コンパクト
旧長崎高商表門衛所
けっこうちんまり
旧ウォーカー邸
続いてうっかり単なる小屋かと思ってスルーしてしまいそうになるのが、旧長崎高商表門衛所。長崎高等商業学校は現在の長崎大学経済学部の前身。白壁に緑色の屋根が愛らしい。

一階層降りて旧ウォーカー邸へ。明治後期の建築で、イギリス出身の実業家ロバート・ウォーカー・ジュニアが1915年に購入。1958に亡くなるまで住んでいた家である。意外にコンパクト?中には素敵な寝椅子があってお持ち帰りしたくなってしまった。

旧ウォーカー邸の裏には旧長崎地方裁判所長官舎。1883年の建造。居留地外に作られた唯一の洋風建築。官の建物が洋風になっているのはこの時代珍しいことであったらしい。

官舎には珍しい洋風
旧長崎地方裁判所長官舎
欲しい
素敵な寝椅子
細川家の偉い人を祀る
旧自由亭
旧長崎地方裁判所長官舎を出てから坂を下りていくと旧自由亭。1878年創業。日本初の西洋料理店。当時はかなり繁盛してたらしいが、意外にその寿命は短くて1887年には廃業。以後は裁判所の官舎として利用されていた。グラバー園では喫茶室として利用されている。
壁泉にて
三浦環の像
プッチーニレリーフ
道順的には旧リンガー住宅へ向かう所だけど、途中左手の壁泉部分にはプッチーニ関連の像がいくつか設置されている。プッチーニの有名なオペラ『蝶々夫人』は長崎が舞台の物語だからなのだろう。

『蝶々夫人』こと『マダムバタフライ』は初演が1904年。当時国際的なオペラ歌手で、この曲を十八番としていた三浦環の像もある。プッチーニ本人の称賛も受けたことがあるそうだ。いい曲だと思うけど、物語的に酷いので、個人的には実はちょっと……な曲だったりする。

旧リンガー邸に向かう途中、右手草むらに日本初のアスファルト道路発見。トーマス・ブレーク・グラバーの息子トミー・グラバー(日本名:倉場富三郎)が作ったもの。って、こんなのなんで残ってるんだ(笑)。言われなければなんだか路面の状態が悪い道だなと思って通り過ぎていた予感。

で、ようやく旧リンガー邸。こちらも同様にイギリス人の実業家フレデリック・リンガーが明治期に住んでいた家。明治初期の建造で、重要文化財指定。窓が広くて開放的。わりとこの家好きだな。

日本初のアスファルト道路
開放的な空間
旧リンガー邸
幕末の建造
旧リンガー邸
格好良い
石柱が立ち並ぶ
ちゃんと富士山もある
旧スチイル記念学校
奥に進んで旧オルト邸へ。イギリスの貿易商ウィリアム・オルトの住んだ屋敷。1865年頃の建造。後に創立期の活水学園(1879年創設の長崎屈指の名門校)の校舎としても使われ、前述のリンガーの長男の屋敷にもなった。現在では重文指定。

グラバー園で一番南奥にあるのが旧スチイル記念学校(樹でちょっと見えにくい)。アメリカのスチイル博士が18歳で夭逝した息子を悼んで開設した学校。スチイル・メモリアル・アカデミー。海星学園(1892創設。こちらも長崎屈指の名門校)の寄宿舎として使われていたこともあったらしい。

素敵!
グラバー邸
最初プッチーニと勘違いしてた
グラバー胸像
ふぅ、やっとグラバー邸に着いた。上から順に見ていくとこれが最後になる。1863年建造。日本最古の木造西洋風建築で重要文化財指定。何回か書いたけど、イギリスの貿易商トーマス・ブレーク・グラバーの住居であった。

クローバー型のユニークな形態。日本の家屋と違って、とにかく明るくて開放的。なんだかとても、いい感じのする家。今まで残されているのもなんとなく納得出来る気がした。

グラバー園近く
もうちょっとだけ続く
ああ、最終日も一ページでは収まらなかったか。グラバー園編まででとりあえず終了。あともうちょっとだけ坂の街長崎をうろうろする予定なので、もうちょっとだけ我慢してお付き合い頂きたい。

次でホントに最後(たぶん)だよ。

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