マッドサイエンティスト斜道卿壱朗の研究施設を訪れた戯言使いこと"いーちゃん"。そこには工学の天才玖渚友のかつての仲間、兎吊木垓輔が囚われの身になっているのだという。絶大な財力を誇る玖渚グループによって庇護された卿壱朗の元には奇妙な研究者たちが群れ集う。そこで起きた驚愕の展開は、戯言使いを窮地に陥れる。
シリーズ四作目は上下巻の大長編に。ヒロインは久しぶりに玖渚友。ようやく友タンの秘密が明らかになるのか!と、思わせておいて意味ありげなトークが繰り広げられるばかりで、頭の悪い読者はちっともわけわからんのだが……。いったい、若かりし日のいーちゃんはどんな悪行を友タンにしてしまったのか非常に気になる。
死ぬんだろこいつ、ほれ、死ぬんだろ、と確信しながらも容易にくたばらない兎吊木垓輔。なんとこいつ一人殺すのに上巻全て使い切るとは。まあ、しばらくやってなかった、いーちゃんと友の関係性の追求って奴を本作では徹底してやろうってことだと思うので、そちらの描写が増える分、展開が遅くなるのは仕方のないところなのかね。
下巻からは零崎愛識こと石丸小唄さんが登場。ようやくミステリらしくなるかと思いきや、いーちゃん体力測定編に突入(違)。これまで人様の大事件を、我関せずと無関心無干渉を貫き通してきた彼が、遂に他人事に出来ない事態に遭遇。真顔で頑張るいーちゃんが感動的だ。この青っぽさが素晴らしい。友タン自身にも、黒友タンの片鱗を伺わせる描写が出てきてこれは良い展開。愛する存在を十全に信頼しきれないジレンマもまた良し。[2003/12-2004/01] ⇒続巻

南部藩士吉村貫一郎は文武両道に秀でた傑物でありながら、出自の低さから志を得られず、貧困に喘ぐ家族を救うため遂には脱藩。流浪の果てに京都に流れ着き、動乱の地で新撰組に身を投じる。人斬り貫一として、薩長の心胆を寒からしめた吉村であったが、鳥羽・伏見の戦いに敗れ非業の死を遂げる。守銭奴と蔑まれた異端の新撰組隊士の生き様を描く。
文藝春秋に1998年〜2000年にかけて連載され、同じく2000年に単行本化。2002年に文庫化されている。中井貴一主演で映画化。渡辺謙主演でTVドラマ化もされている。
かつて『蒼穹の昴』でボロ泣きさせられた身としては、浅田次郎はそう気軽に読むにはならない作家だ。心憎いまでに泣かしのツボを心得た作風は、あざとい、あざとすぎるよあんた、と、ゲシゲシ作者の肩を掴んでなじり倒したいくらい、見事に計算され尽くした職人の技と言っていい。読めるのはせいぜい年に一冊だな。
冒頭、いきなり瀕死の吉村貫一郎から物語は始まる。主人公の死を予見させつつ、場面は過去に遡り、吉村を知る人々たちが順々にその思い出を語っていく形式で進んでいく。それぞれの章の間で吉村の運命は綴られていくわけだが、それは全体のボリュームとしては僅かな分量で、大部分は彼を知る人々の回想で本編は費やされており、本人を直接描かずに、周囲の人々の目線が、誠の南部武士、吉村貫一郎の生涯を浮き彫りにしていく。
語り手はかつての友人、新撰組の同僚たち(斉藤一もいる!)、貫一郎の子供たちと多岐に渡り、複数の視点から捉えなおすことで、多面的に吉村の人生を読み進むことが出来るような構成となっている。それぞれの語り手が別の語り手について語る場合もあり、これにより物語の奥行きがぐんと増している。周到に張り巡らされた泣かしのための伏線が、連鎖的に炸裂していく後半部は、テクニックだよなあと思いつつも、ただもう泣くしかない。
これ書いているうちにまたコーフンしてきちゃったので、明日あたり映画とTVドラマ版のビデオを借りてくるつもり。やっぱりこの作家はせいぜい年に一冊しか読めないな。[2004/01]
ノスタルジックアイドル 二宮金次郎
[井上章一] ★★★☆ 新宿書房 (\2,300) [Amazon] ※書影無し
かつてはどこの小中学校でも見かけることが出来た二宮金次郎の像。石像、ブロンズタイプ、陶器製、さまざまな材質によって形作られた少年の像がかつては日本全国に存在したのである。薪を背負い書を読みながら歩くという基本スタイルはいかにして確立したのか、これほどまでに流通した原因は何だったのか。意外な真相が明らかにされる。
1989年刊行。膨大な二宮金次郎像の写真撮影はカメラマン大木茂によるもの。東海道を自転車で旅行した際にニノキン像を各地で発見。いつしか撮影がノルマになって、気になってあれこれネット検索を繰り返しているうちに発見した一冊。偉大な先人の存在に驚嘆しつつも戦慄を覚えた(笑)。既に絶版でなかなか入手出来ず、待つこと二年。オークションでようやく購入することが出来た。
功成り名遂げた二宮尊徳の方ではなく、何故幼少期の金治郎の像であったのか。ほとんどの像が同じような格好をしているのはどうしてなのか。爆発的な勢いで全国に広まった理由は?なんとなく背後に国家権力の介在を予想して読み進めていたのだが、意外にも像の普及を促進したのは銅像や石像の業界団体であったという結論に驚かされる。
よくもここまでといった多種多彩な裏付け資料の収集もたいしたもので、不毛な知的好奇心を十分に満足させてくれた。大木茂撮影の各地の金治郎像もバリエーションが豊かで、見ていて飽きない。21世紀の現況を踏まえて、筑摩辺りで再刊してくれないだろうか。[2004/01]
ブラックキャット [新井素子] ★★☆ 集英社 コバルト文庫 (\280) [Amazon]
広瀬千秋は天涯孤独の身の上。荒んだ環境の中で育った彼女は、ようやくにして得た義父母も飛行機事故で亡くしてしまう。生きていくためにと始めたスリ稼業だったが、「仕事」の最中に自らをキャットと名乗る奇妙な女に出会うことになる。しかし、それは信じられない大事件に巻き込まれていく前触れに過ぎなかった。
1984年作品。新井素子としては十二冊目の作品。ガーン、20年前の話かよ。いまのコバルト読者のほとんどが生まれてすらいない予感。年は取りたくないものだな。
完結編とされる第5シリーズが発売されたので復習の意味で再読。さすがに、今の感覚で読むと古さは否めないし、書き手の若さも歴然。お話としても、長大なシリーズの序章といった趣で中途半端な印象をどうしても受けてしまう。幸いにもすっかり内容は忘れていることだし。とっとと次を読んでしまおう。[2004/01] ⇒続巻
会津落城 [星亮一] ★★★ 中央公論新社 中公新書 (\720)
十五代将軍徳川慶喜の大政奉還の後、鳥羽・伏見の戦いで勝利を収めた薩長を中心とする官軍は一路江戸へと進軍する。江戸城を無血開城により手中に収めた彼らは、軍勢の矛先を東北へと向ける。奥羽越列藩同盟は必死の抵抗を続けるが、次々と官軍の前に敗れ去っていく。そして戊辰戦争最大の悲劇、会津の戦いが始まろうとしていた。
個人的な幕末ブームを受けて、サブテキスト的に読んでみる。何故これほどまでに会津は薩長から憎まれなくてはならなかったのか、奥羽越列藩同盟はいかにして瓦解したのか、どうしてこれほどまでに悲惨な敗北を遂げることになったのか、200頁余の短い本文中でこれらの疑問に対する回答が簡潔にまとめられていてとても判りやすい。ありがちな会津贔屓も入って折らず、冷静に状況を分析してくれるのも有り難い。写真や地図も豊富に収録されているのも評価すべきポイント。[2004/01]
エンプティ・チェア [ジェフリー・ディーヴァー] ★★★☆ 文藝春秋 (\1,857)
治療のためニューヨークを離れ、ノースカロライナ州パケノーク郡を訪れたライムとサックス。そこで二人は殺人、誘拐の容疑を受け逃亡中の少年、ギャレット捜索の協力要請を受ける。不慣れな環境の中、追跡を開始した二人であったが、地の利を持つギャレットは巧みにその捜査の網をくぐり抜けていく。少年にはいったい何が起きていたのか。その目的は?
首から上と指の一部を残して全身が麻痺状態の元ニューヨーク市警科学捜査官ライムと、その助手にしてパートナーを務める現役捜査官のサックス。ライムが考え、サックスが手足となって数々の難事件を解決していく人気シリーズの第三弾。
前作でハッキリと恋愛関係に発展したこの二人。自らに訪れた運命に、ある程度諦念にも似た境地に達していた筈のライムが、サックスという愛すべき存在を得てしまったことから新たな苦悩を背負い込むことになる。この辺の葛藤が今回の読ませどころかな。新しい趣向として、本作ではなんとライムVSサックスという、意欲的な対立構造を現出させている。ジェフリー・ディーヴァーは相変わらずサービス精神が実に旺盛な作家だ。
だがしかし、サックスの取った行動は現役の警察官としては普通考えられない行為なんだけど、アメリカなら違和感ないのかこれって。悪人なら射殺しても免罪(撃った瞬間はそう認識していなくても)ってのも、おいおいマジかよと頭をひねりたくなる展開だった。ちょっとご都合主義的かな。切れ味的にもこれまでの作品と比べるとイマイチ。[2004/01] ⇒次巻
すべてがFになる [森博嗣] ★★★☆ 講談社 講談社ノベルズ (\880)
14歳で両親を惨殺。天才ともてはやされながらも孤島、妃真加島に幽閉され、誰にも会うことなく研究生活を続ける真賀田四季博士。N大助教授犀川創平は教え子の西之園萌絵と共に島を訪れ、そこで凄惨な殺人事件に遭遇する。博士の部屋から飛び出してきた花嫁姿の死体は四季博士なのか。残されたメッセージ「すべてがFになる」に隠された意味は。
森博嗣のデビュー作。犀川&萌絵シリーズの一作目。そいでもって記念すべき第一回のメフィスト賞作品。1996年作品。驚いた。まだ10年経ってないんだな。森博嗣の執筆ペースって凄い。
以下、犀川&萌絵シリーズやら、Vシリーズのネタバレがちょっぴり入るので未読の人は激しく注意。
再読。『四季』シリーズを読んでいるので、確認のために読んでみた。描写がこなれてなくて少々読みづらく、硬い印象を受けるのは処女作故といったところか。犀川センセや、萌絵、四季博士のキャラクターも、シリーズ後半の作品に比べるとエッジが立っておらず、おとなしめの印象を受ける。これは作者の技量が上がったのか、キャラクターの暴走がもたらした結果なのか、もしくはその両方なのかもしれない。
こうやって再読してみると、その後の作品への伏線が各所に埋め込まれていてかなりショック。儀同世津子の存在なんてすっかり忘れてたし、栗本其志雄がもうこの段階で出てきていたなんて更に忘却の彼方だったし、自分的に著しく読者失格な予感がしてきた。全然覚えてないじゃん。後付け設定だとばかり思ってたよ〜。[2004/01]
四季 秋 [森博嗣] ★★★ 講談社 講談社ノベルズ (\800)
妃真加島での殺人事件には隠された真相があった。平穏な生活を送っていた犀川と萌絵だったが、真賀田四季博士の呪縛は彼らを決して解き放つことは無かった。四季が残したメッセージに潜む謎とは何なのか。残された数少ない手がかりを辿った先に見いだされた、天才の真意とは。
「犀川&萌絵シリーズ」及び「Vシリーズ」に登場する天才科学者真賀田四季博士の物語。四部作の三巻目。四季の少女時代だけを描くのかと思っていたら、あっという間に『すべてがFになる』どころか『有限と微少のパン』も追い越して、シリーズ中最も先のエピソードに本編は突入。こいつは驚いた。
両シリーズの人気キャラが一同に会する、ファンにはたまらないプレゼントストーリー。犀川と萌絵のその後が読めるばかりでなく、保呂草と各務亜樹良(こいつら年いくつだよ)との邂逅まで描かれ、最後には萌絵VS瀬在丸紅子というスペシャルなイベントまで用意されている。うーん、こりゃもう四季博士どうでもいいや。勿体ぶりすぎてて、天才の思考はまるで判らない。ここまで先に進んでしまって、最終巻の「冬」はどうなるのか。とりあえず続巻を待とう。[2004/01] ⇒続巻
葬列 [小川勝己] ★★★☆ 角川書店 (\1,500)
うだつのあがらない三下ヤクザの史郎。場末のラブホテルで働く明日美。借金で首が回らないしのぶ。外界に対して心を閉ざした少女渚。人生に行き詰まっていた四人が、それぞれの存在意義を賭して乾坤一擲の大勝負に出た。狙いは暴力団浅倉組の大金庫。五億円の現金を武装した組員たちが守る。四人の襲撃は果たして成功するのか。
第20回(2000年)横溝正史賞の大賞受賞作品。平凡な一般人をメインに据えたノワール小説ってことで、嫌でも思い浮かんでくるのが『OUT』@桐野夏生なわけだが、残念ながらそれほどの筆力は、少なくともこの時点での作者は持ち合わせていなかった。
当初、史郎と明日美の視点で交互に物語が綴られていくのだが、中盤から別の人物の視点が入り込み落ち着かなくなる。チョイ役で速攻死んでしまう登場人物の視点を挿入されても、読み手はついていけないってば。それから、とにかくご都合主義的な展開が多過ぎる。ノロマな勝負弱いヤクザに過ぎなかった史郎が、何のきっかけも無く天才殺戮マシーンに変貌してしまうのは謎でしかなかったし、そもそも素人四人に壊滅させられる暴力団ってどうよ。浅倉組はいくらなんでも弱すぎる。
しかし、大賞を取るからにはそれなりの理由があるわけで、まず挙げておきたいのがリーダビリティの高さだ。無茶な話なのだが、文章のテンポが良く、改行のリズムもいいのか、読み始めると意外にも止められない。400頁をほぼ一気に読ませる力は新人としては賞賛に値する。
もう一点は、なんと言ってもラスト一行のサプライズ。静かに予定調和的な終焉を迎えるかと思っていた物語の最後の最後で訪れる凄絶な暗転には痺れた。どうせなら渚の登場をもっと早めて、より多くの描写を彼女に費やしていれば更にその効果は高まったであろうだけにいささか惜しい。しかしこれだけでもこの作家、続けて読んでみようという気にはなるくらい見事な幕の引き方だった。[2004/01]
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